曽我兄弟をめぐる~富士宮,入山瀬

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身延線の車内から見た富士宮駅付近の富士山

生憎雲が少しかかっていたが、前に来た時よりはくっきり見られた。

今回は大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも出てきた曽我兄弟をめぐる旅をしてきた。

曽我兄弟が父親を殺害した工藤祐経を仇討ちした日本三大仇討ちの一つ

富士野における仇討ちの場面(曽我物語図会)

https://ja.wikipedia.org/wiki/曾我兄弟の仇討ち

主な登場人物

兄:曽我十郎祐成(1172~1193) / 弟: 曽我五郎時致(1174~1193)

画・豊国 国立国会図書館蔵 引用

https://kotobank.jp/word/曽我兄弟-553644

曽我兄弟は父の河津祐泰を討った叔父の工藤祐経を1193年に

富士の裾野で行われた巻狩で頼朝一行に付き添っていたところ

仇討ちを果たした。

工藤祐経(1147~1193)

歌川国貞 「工藤祐経」

https://ja.ukiyo-e.org/image/ritsumei/arcUP0106

義父の伊東祐親との間で所領問題や伊藤祐親の娘と独断での離縁などで仲が悪化していった。

そんな中、伊東祐親暗殺計画を企て河津祐泰は父祐親の身代わりとなって討ち死にする。

曽我兄弟の仇討ちの概要図

世界遺産登録された富士宮市の「白糸の滝」のすぐそばに、曽我兄弟が仇討ち前に隠れていたといわれる

曽我の隠れ岩。

筆者は隠れきれていなかったが、当時の身丈だったら隠れることはできそうだった。

隠れ岩から100mほど行くと宿敵の工藤祐経のお墓が供えられていた。こんな近くにあっていいのかw

滝の勢いはこの音止の滝の方が白糸の滝の方が凄かった。

この「音止」の由来も曽我兄弟が大きく関わっている。隠れ岩で仇討ちの計画を立てている

最中、急にこの滝の音が止まったことが由来。

白糸の滝も行ってきた。平日だったが外国人客がそこそこ多くいた。

世界遺産なだけあって絶景だった。

曽我八幡宮

白糸の滝から1kmほど歩くと曽我兄弟が祀られた曽我八幡宮がある。

仇討ち後、兄の曽我十郎祐成はここで仁田忠常によってこの辺りで討たれたため

ここに建立されている。

御朱印も販売がされていたが、神社に社務所や授与所はなく、

なんとメルカリで取引するという最先端ww

富士宮駅から2駅ほど行くと入山瀬駅に着いた。ここも曽我兄弟と縁がある場所だ。

駅から10分ほど歩くといかにも曽我兄弟が関連しているとわかる曽我寺へどうしても来てみたかった

からまず訪れてみた。

曽我寺は文字通り曽我兄弟の菩提寺で、800回忌を記念した曽我兄弟の銅像は

夜間に工藤祐経を襲ったので、松明を持った兄祐成と刀に手をかける弟時致中々かっこいい。

その横には綺麗なお墓が兄弟横並びに供えられていた。

曽我寺の近くにはまた曽我八番宮

幼き曽我兄弟が父祐泰の復讐を誓う姿が見られた。

ここの曽我八幡宮は頼朝が曽我兄弟の志に感銘を受けて

岡部泰綱に命じて建立させたといわれている。

頼朝にとって工藤祐経は寵臣だったはずだが・・・・

弟の時致は仇討ち後、頼朝の御前まで来ていた。曽我兄弟の標的は工藤祐経だが、祖父の伊東祐親を

自害(暗殺?)させたのは頼朝なので、祖父の仇を討とうとした事も考えられる。

しかしあと一歩のところで捕縛され鎌倉へ護送されている途中、ここで暗殺されて時致の首を洗ったと

いわれる井戸。祐経一族によって斬殺されたとのこと。

現在は井戸の面影はすでになかった。

入山瀬駅から帰る時には雲がなくなって綺麗な富士山を見ることができた。大満足

次は雪化粧を被った富士山を拝みたいので冬にまた来たいものだ。

まとめ

今回は富士宮,入山瀬にて曽我兄弟をめぐる旅をしてきた。曽我兄弟が有名になったのは江戸時代の歌舞伎

「曽我物」でブームになったようだ。日本人が仇討ち物語が好きなのは既にこの時代からだったというのか

ただやはりいずれも仇討ちの末路というものは悲しいもので、曽我兄弟が倒した工藤祐経の一族によって

曽我時致も暗殺されてしまう結末。

「復讐は復讐しか生まない」とよく言うが今回の旅で確かにそうかもしれない。

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