石田三成をめぐる旅~佐和山,石田町
今回琵琶湖を巡る旅をする事になったので、筆者の好きな武将の一人である石田三成ゆかりの地を
巡る旅をしてきた。もし彦根,長浜に行く機会があれば、旅の候補の一つになってくれれば幸いである。
筆者の思う三成像は、頭は切れるが不器用という人物というイメージだ。
筆者も不器用だなと感じることが多いので三成にシンパシーを感じているのかもしれない。
引用先: https://ja.wikipedia.org/wiki/石田三成
- 佐和山城
宿敵家康に過ぎたるものが二つありと言わしめたが、その一つがこの佐和山の城である。
佐和山の登山口の紅葉が綺麗だった。
またマンホールには三成の家紋「大一大万大吉」が描かれてた。
この「大一大万大吉」は「一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下の人々は幸福(吉)になれる」という意味
今風で言うと「“One for all ,all for one.”」今では定着した考え方だが、
三成は当時からこんな事をすでに考えていたということなのか・・さすがエリート三成!!
入ってすぐの所に早速石田三成像が鎮座していた。
登山口に入るとすぐに三成像が鎮座していた。
佐和山の標高は232.9 mで、歩いて15~20分ほどで山頂に到達。
見ての通り、石垣すらなく全て彦根城の資材として現在も使われている。
敗将の末路ゆえ仕方はないとはいえ、もし佐和山城があったら琵琶湖も周辺の山も一望でき
きっと絶景だったことだろう。確かに過ぎたるものだったかもしれない。
「武士の夢 佐和山」かぁ~ 響きが好きだわ。
2. 大原観音寺(米原)
長浜駅からレンタルサイクルで40分ほど漕いで米原市を跨いできた観音寺。
ここは秀吉と三成が初対面をしたと言われるお寺だ。3献の茶が行われた舞台だ。
3献の茶エピソード: https://washimo-web.jp/Report/Mag-Sankencya.htm
2本の杉の木の間に挟まれた観音寺は木造造りで、鎌倉中期(1259~1260)に伊吹山から移転されたお寺で、
改修した跡があまりみられない歴史あるお寺だった。
社殿側からの景色も中々良かった。三成少年もこの山々の景色を見ながら何を思ったのだろうか。
3. 石田町
長浜駅に戻る前に、ここ石田三成生誕の地石田町に訪れないわけにはいかないだろう。
世間的には逆賊,反逆者扱いされがちの三成もここでは神格化されていた。
おそらく関ヶ原の戦いで敗れて捕縛された際に詠んだ辞世の句が書かれた石碑もあったりした。
なんとも儚い・・・
石田三成の生家は石田会館といった公民館になっていて、石田三成40年の生涯を紙芝居形式で説明されていて
すごく面白く分かりやすかった。
街灯には3献の茶をする三成のシルエットと大一大万大吉の文字が・・・👍
佐和山城の三成より大きい銅像が置かれていた。
佐和山の三成より少し老けたか??
石田三成公民館の裏には産湯の井戸もあったりした。
まとめ
この旅で石田三成ゆかりの地である長浜,米原,石田町に訪れてみた。
大方三成ゆかりの地は行った事あるので、また探して筆者の知らない三成ゆかりの地を
探して行こうと思う。
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